旅するヨギーニ Mayuさんは宇宙人

ヨガ、セラピー、宇宙、ヒーリング、文章。旅その他つれづれとかいています。

水になれ、ブルースリーなはなし。

なんとなくわたしは自分の世界をヨガだけにしたくはなく

普段もヨガヨガとヨガだけのことを書いていないなぁとふと思いました。

 

「職業としてのヨガ」というのと、ヨガ的な生き方というのは

実は違うのかもしれないなーというふうに感じていて

例えば、1日に何本もヨガのクラスを持って忙しくするというのは

ヨガ的な生き方にはならないですよね。

だからそう考えた時に、「自分らしく生きる」ということが

ヨガの根底にあるかもしれないですね。

だから「ヨガをする」という行為が日常に息づくというのは

なかなか現代では意識をしていかないと難しい行為です。

離れているものをリンクさせる必要があるなぁ

というのを最近、しみじみと感じています。

ヨガの先生では時々年に数ヶ月をインドで過ごしたりする

先生もいます。それはきっと日常とヨガをつなげる行為

(もちろん物価が安いので滞在しやすいということもいえましょう)

なのかもしれないです。

日本は経済社会なのでなかなかその生活は限られた人や

決意を持って自分がサイクルを決めて取り組まないとできないので

ときおり、海外に行くのかもしれないですね。

 

たとえば、ご家庭のお母さんなどで無償でご飯を作ってあげて

お子さんの面倒を見るというのはそれだけでヨガ的な行為

バクティヨガのような)ともいえますよね。

そこらへんは来年もトライしていこうと思います。
わたしの場合は、「楽しむこと」が仕事?だと思っていて

そうでないと、すぐぴしゃりと宇宙からの声がきます。

余白を多くあけて、心に耳をすます時間を増やしてあげるというのが

細胞も含めていきいきと生きる意味なのかもしれません。

ところで、今日は冬至でした。
わたしは眠くて眠くて、そして直感と偶然だけは冴えていて

口に出した人が8ヶ月ぶりに扉を開けたお店にいたという

そんな偶然がありました。

 

もう宇宙というのは、全てお見通しで
出したものが確実にかえってくるから

何を出しているのか、思考も含めていつもよくよく観察して

過ごしていく必要があるなぁとつくづく思ったんですね。

 

ブルースリーは「水のようであれ」といったわけですが

わたしたちは生きている限り変化しない人はいません。

だから変わっていけること、その余白があるというのが

素敵なことかもしれない、という話を

今日いったカフェスタンドでしました。

Empty your mind.
Be formless, Shapeless, like water.
If you put water into a cup, it becomes the cup.
You put water into a bottle and it becomes the bottle.
You put it in a teapot it becomes the teapot.
Now, water can flow or it can crash. Be water my friend.

 

 

心を空にするんだ。
形を捨てて
水のように
水をカップに注げは、水はカップとなり
水をビンに注げば、水はビンとなる
そして急須に入れれば急須になる・
水は流れる事も砕く事もできる
友よ 水になるんだ

(訳ですね)
これってなんかヨガ的ですよね。
私たちはもっと変化する隙間を許す必要があるのかもね、

というふうに思っています。

未来が過去を作るなら、今この瞬間に変わってもいい。

そんな水でありたいなーと思った1日でした。

 

 

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